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Krush.83女子-45kg 初代チャンピオン松下えみをチャンピオンたらしめるもの

2017年12月14日 キックサイズ

12月9日(土)@後楽園ホール。

この日は格闘界における年末のビッグイベントの一つともいえる女子2階級のタイトル戦を含むKrush.83が開催された。この女子2階級のなかでも45kgはKrushにおいて新設される階級。

この試合で初代チャンピオンが決定するという大一番。その大一番に、オフィスポのインストラクターでもある松下えみ選手が登場するのである。

松下えみ選手は、現在J-GIRLSをはじめ国内3つのベルトを保持するこの階級の絶対的チャンピオン。Krushという大舞台においても、絶対に負けられない一戦であることは、彼女本人はもちろんのこと、彼女のファンも関係者も感じていたのかもしれない。その中での精神的プレッシャーは当然我々が想像するものをはるかに超えるものだったであろう。

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「番狂わせ」に懸けた、準決勝

彼女にとって、準決勝は決して容易な戦いではなかった。

対戦相手は前評判が最も高く、もともと優勝の呼び声も高かった平岡琴選手。身長差は5cm。ルーツは空手。彼女をヒロインとして迎えると行っても過言ではない本大会において、松下選手は世間に対して「番狂わせ」を起こす、という揺るぎない信念で立ち向かった。本人は、決して負けるイメージはない、やってきたことをやれば勝てる、その気持ちで挑んでいたことは言うまでもないし、実際に試合後も彼女自身がそう語っている。

試合が始まれば開始とともに本大会の本命とも言われる相手に対し全くチャンスを与えず、攻撃を最大の防御としてフルラウンドをトップギアで押し切る松下選手の戦いぶり。それほどまでにすべてを追い込み、研ぎ澄まし、最後は気持ちで絶対に負けないという想いをそのまま身体で爆発させる、不器用かもしれないがまっすぐな彼女の表現は観るもの全てに衝撃と感動を与えたことは間違いない。

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松下えみ、が背負うもの

冒頭にも申し上げた通り、この大会は階級の初代王者を決める戦いである。そして対戦相手は、これまで3度の対戦を行い2勝1敗という戦績で松下選手にやや分があるCOMACHI選手。ちょうど一年ほど前にも両者は対戦しており、すでにお互いの手の内はすべて見えていると言っても過言ではない。無論、IDP理論を掲げ相手を心・技・体・脳でねじ伏せる松下陣営としては、相手にいかに自分の戦いをさせないか、自分の土俵に持ち込むか、が勝負である。

すでに優位に進めてきた相手だからこそ絶対に負けるわけにはいかない。

そして、会場には彼女を応援するために、地元三島からたくさんの人が駆けつけた。

80名を超える応援団。

東京本拠地ではない彼女にとって、この応援団はまさにホームとしての戦う環境を与えてくれたのである。日頃、レッスンを行う生徒さん。共に仕事をする仲間。貴重なサポートをしてくれる関係者。この支えてくれるすべての人たちの期待を背負い、リングに向かうのである。


松下えみ、という選手であり人間とは

まだここ1年ほどしか松下選手の試合を観てきていないためあくまでも筆者の主観ではあるが、これまでの戦いとは全く違う彼女の表情がそこにはあったように感じた。
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入場していきたそのときの表情である。

いつになくやや硬い表情。一方で、花道で彼女を応援するファンに対して一つ一つ丁寧に目を配り自分の想いを目で伝えていく。もちろん、当たり前だがそこには決していつもの優しい笑顔などない。

生きるか死ぬか。

そんな研ぎ澄まされた、本来ならば自分の世界に閉じこもりゾーンへと誘い戦いに臨みたい瞬間。

そうでありながら、これまでやってきたこと全てを出し切る直前に、自分のためだけではなく支えてくれる、応援してくれる全ての人たちに感謝と覚悟を伝えていくのである。

そして、それは花道では終わらない。

彼女はなんとリングに上がり、覚悟を決めた、であろうその後も相手選手に向かい高めていくのではなく、リングの上から客席に対してひとつひとつ丁寧に目で語ってくるのである。まるで「あなたの応援があるからこそ、わたしはここにいる。あなたのために絶対に勝つ」と言わんばかりに。

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これまでの戦いも彼女はいつもそうだったのかもしれない。しかし、このタイトル戦では、彼女のこの客席にいるすべてのファンとの対話がいつもよりもはるかに長く丁寧に振舞っていたような気がするのは自分だけだろうか。

目が合った瞬間、すべての自分のエネルギーを彼女に送ったことは言うまでもない。

勝負は決まっていたのかもしれない。

スポーツにおいて良く言われることばである。
試合は始まる前にもう結果は見えている、と。

どれだけ準備をしたか、どれだけ体調を整えたか、それによってどれだけ自分に自信が持てたか。ピッチにでたとき、スタートラインにたったとき、リングにあがったとき、相手に対峙したときに見えている景色は、戦う自分にはおおよそ見えている。

そして、松下選手がどう感じていたか、は定かではないが、観客席から見た彼女は、「すべてを背負う」から「すべてから背中を押してもらう」に変わっていた気がする。自分の力を、応援の力を借りてさらに強くする。だから、そこにいる全てのファンもリングに立ったその瞬間、彼女なら絶対に勝てると思っていたに違いない。

何が起こっても、負けはしないだろう。
何かが起こっても、それをむしろチャンスと捉えるだろう。

彼女が最後まで「折れることのない心」「最後まで前にでる気持ち」を育てていることをすべての人が知っているし、そこにいるすべてのファンとの強い絆があるからこそ、大きな声援を受けて彼女はさらに強くなれるのである。


試練は、全ての人に平等にある。

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第1Rのゴングがなった。

これまでの戦いぶりからしてもゴングと同時に積極的にしかけていくのは松下選手であろう、と予想していた。

が、ここで想像している景色とはやや違う景色が流れたのである。COMACHI選手の猛進である。前蹴りを得意としそこから畳み掛ける彼女が、ゴングが鳴った瞬間から猛然と攻めたのである。そして、前蹴りに加え、やや大ぶりではあるがパンチも合わせて1Rのリズムを掴もうとしていた。

あとから聞けば、松下選手は、1Rは思い通りに動けなかった、と。体のキレも調子もよかった。が少し考えすぎたようだ。練習でやってきたことが出ていない。あとから振り返ると本人も感じているほど、この試合が簡単にいかないことを物語っている。

1R中盤からは、お互いの戦い方に徐々にうつっていく。前蹴りからリズムを取ろうとするCOMACHI選手に対し、パンチでまとめていく松下選手。一進一退の攻防が続く。

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第1Rが終わりレストタイム。セコンドの会長からの作戦が伝えられる。

その内容も試合後に聞いた話がある。

彼女自身は冷静であり、体力的にもなんの心配もない。と言う。

ただ、会長が感づいたのは、1Rの戦い方に満足していないところで彼女自身がどうしようか、悩んでいる様子が伺えたとのこと。これまで彼女とのコミュニケーションではなかった、ということいえば、セコンドとして決して不安がなかったとは言えないのであろう。

しかし、ここで同じくセコンドにつく同ジムの勝野選手が松下選手の頭に水をぶっかける、という行動に出た。これが、実は彼女であり会長のスイッチを切り替えたようだ。そんなささやかな一つの行動が、松下選手の冷静さとやるべき道に視界をひらけることにつながったという。

その変化を感じ取った会長は、もう大丈夫だろう、そう確信したようだ。ここからは持ち前のパワーと体力とテクニックで絶対に勝てると確信した。

実際、第2R、お互いに譲らぬ展開でありながらも、要所で松下選手のパンチがヒットする。COMACHI選手をダウンにはならずとも押し倒すほどのパンチや、終盤でのバックブロー。まだまだ余裕さえ感じさせるような戦いぶりは、さすが絶対王者である。

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もちろん、前蹴りを松下選手の顔に何度もヒットさせるなどCOMACH選手も譲らない。

が、エンジンのかかった松下選手はとまらない。
第3Rにも入ると、COMACHI選手の顔面をパンチが捉える。

容赦ない。
手数も十分。
打たれたら、打ち返せ。
打たれる前に、打ちまくれ。
体力的にも圧倒的な自信を誇る松下選手の前に、COMACHI選手は失速する。

勝負はあった。
30−28  松下選手
29−29 Draw
29−28 松下選手

2−0で松下選手が勝利した。
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チャンピオンであるということ

改めて松下選手がチャンピオンベルトを巻くのは決して偶然ではなく必然なのだと感じてしまう。それは、対戦相手云々ではなく、彼女自身の生き方がチャンピオンたるものであるからである。

試合後も応援にかけつけたすべてのファンとともに勝利を分かち合い、話している姿を見て、彼女がいかに多くの人たちと強い絆をつくり本当に信頼しあえるひとたちと支え合っているかを目の当たりにするからである。

そんなものはどんな選手だってそうだ。
そう言われるかもしれない。

しかし、もともと31歳からキックボクシングを始めて今に上り詰め、さらにいえば、キックのみならず他の事業も手がけるようなマルチプレーヤーとして成功する彼女をみて、当たり前のものだ、とは決して思えないのである。

Krushの初代チャンピオンとして、今度は挑戦者が目を光らせ彼女の首を狙っていることは間違いない。すでにもうその戦いも始まっているだろう。しかし、彼女はこれまで以上に多くの人たちとともに新たな道を歩む、その覚悟と勇気があるからこそ、さらに人として強くなってリングに帰ってきてくれるに違いない。

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これまで見せたことのない涙姿で花道でベルトを巻いて歩く姿を見て、チャンピオンだって同じ人なんだ、そう感じずに入られなかった。