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エベレスト踏破。一呼吸90mの潜水。
限界を超えるために共通した
自分との付き合い方術とは?
(前編)

アストーク第4弾。

いま働く環境では生産性を高めていくという大きな課題が課せられている。しかし、実際に自分の限界を知り、限界を超えてパフォーマンスを高めていくことは容易にできることではない。今回のアストークにお招きしたのは、30歳からボンベ装着なしで身一つ、ひと呼吸で深海へと潜る競技:フリーダイビングを始め、いまやその世界の頂点に君臨するフリーダイビングゴールドメダリスト岡本美鈴さん。彼女が対談リクエストしたのは、全くの異なる畑でありながら常にインスパイアされるという山登りのプロ。元世界最年少で7大陸最高峰を踏破し、現在は山に魅力を伝達する立場として登山ガイド、そして日本で初めての山どうぐレンタルショップを運営している山田淳さんをお招きし、彼らがいかにして限界をこえていったか、その際に自分とどのように向き合うことで達成したのか、初めての対談ながら数々の共通点を見出す中から、自分との付き合い方術のヒントを探ってみた。

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前に進みたい、という強い気持ちだけでは勝てない。
むしろ、死が近づくのである。

 

岡本
登山家の方って山に出かけるまでにトレーニングして色々な資金とか資材準備して出発して順応するために現地もトレーニングして、さぁ、っていうときに天候で引き返さなきゃいけない時とかあるじゃないですか。ああいうときの引き返す判断ってすごい辛いっていうか、いろんなこと考えるのかな、と思って・・・

 

山田
僕は運がいいんだと思うんですけど、海外の山で引き返したことがなくて。大勝負で引き返したことがないので、実はそのへんのところよくわからない、というのが正直なとこなんです。これまでも恵まれてなんですけど、エベレストでも何回もチャレンジしてようやく登頂できましたっていう人もいますし、僕は7大陸全部が一発で成功しちゃってるので。

 

岡本
だから最年少っていうのはできたりするんですね。

 

山田
一時期7大陸の最年長記録っていうのが取りざたされたことがって。最年少は一周まわるのに山のシーズンがあるので、2周目になると1年伸びるわけじゃないですか。だから一発で成功していかないと最年少はなかなか難しいですよね。

②

岡本
何年前ですか?山田さんが登頂したのは。

 

山田
15年前。23歳と9日でしたね。
潜る方は天候は関係ないんですか?僕らは天候で引き返すって日常茶飯事でありますけど、上は荒れてても潜ったら関係ないっていう・・・?

 

岡本
そういう日もあります。まぁ、そもそも危ないような状況になったときとかは中止する判断をしますね。だから世界大会にわざわざ行っても、大会がその日はなしってこともあります。たとえば水面がぐちゃぐちゃすると船自体が危ないんですよね。ロープ垂らして水面で呼吸整えるんですけど、波かぶってると全然リラックスできなくて・・・

 

山田
やっぱり表面が関係あるからなんですね。

 

岡本
そう。まぁ何かあったらレスキューも水面で処置するんですけど、それも危ないってなると、そもそもそれはフリーダイビングやる状況ではないね、って延期になるんです。わたしたちはそれで今日はご飯食べて寝よう、ってなるんですけど、、、、山だとそれができないからなんて過酷なんだろうって思うんですよ。

 

山田
8000mで天候待ちで泊まってとかって話とかは山の世界ではもうありえないですよね。そもそも8000mを超えて寝なきゃいけないのってエベレストしかないんですよ。エベレスト8800mですけど、世界2位のK2って8600mとかとは200mくらい違うんですよね。その差によって8000m以下からアタックできるんですけど、エベレストだけはどっからアタックしても遠すぎて8000mをこえて寝なきゃいけない唯一の山なんですよ。

 

③

岡本
デスゾーンって何メートルでしたっけ?

 

山田
デスゾーンは8000mって言われています。昔はできる限り上で寝ようって流れもあったんですけど、そこになったら完全に順応はできないんだから、最後ちょっと無理してでも低いところで寝てアタックしようっていう流れになってきてるんですね。
それはいろんな理由があって、酸素ボンベを使う登山が当たり前になってきたとか、どっから狙えるかっていうのが過去の経験力わかってきたとか。それでも8000mこえて寝ないとアタックどうにもこうにもできないのがエベレストが残ってるんですね。

 

岡本
ドキドキする、、、その話。。。

 

山田
8000mは遺体がないんですよ。回収できるので。8500m超えるとそれがなくなってくるんですよね。そこで働いているシェルパーなんかもそこはリスク高すぎるよね、って感じになるから。僕の場合はたまたま行った日が天気良くて、自分の中ではベスト尽くしているんだけど、最後は自然が相手だから委ねないといけないというか。自分の力ではどうしようもない部分の方がどんどんどんどん大きくなって来るじゃないですか。自然の中に溶け込んで行くと、やっぱり自分自身が所詮無力だから、自分のベストは尽くすんだけどちっぽけだなって。。。あとは運だとか自然が迎え入れてくれるかとか、山の神様っていうか、ちゃんと迎え入れてくれるかlみたいなことがメインになってきて。自分が登るために頑張る、努力を積み重ねてっていうよりかは、神様に認めてもらうために努力を重ねて行くみたいな感覚は山は強いですかね。

 

岡本
いやぁ、一緒だぁ・・・・

 

山田
そこでは登りたいという気持ちが出てきてしまうというか。登りたいという気持ちが出てきた人から負けて行くんですよ。不思議なことに。委ねるんだけど、最後は芯が必要で。弱気じゃダメなんだけど、登りたい気持ち、近視眼的に登りたい気持ちが出てきてしまうと危ない・・・

 

岡本
なんかフリーダイビングも同じ感じがあって、目の前の筋にこだわっちゃうとブラックアウトしちゃうんですよね。なので、ちゃんと潜ってしっかり生きて帰って来るっていう強い気持ちが必要なんです。

 

頂上や最深地点がゴールではない。
戻った先に本当のゴールがある。
④

山田
ブラックアウトってどういう状態なんですか?

 

岡本
低酸素による失神なんですけど・・・だいたい起こり得るところはわかっていて、行って帰って来るダイビング終盤が酸素が少なくなるから、だいたい水面から30mくらいのところなんです。水面でジャッジにアイムオッケー出せなくて失神しちゃう人もいるんです。

 

山田
ぼくね、いまね、こんなことも共通点だな、ってこと思ったんですけど、水面に戻る瞬間にブラックアウトすると思っていなくて、一番深いところでなると思ったんですよ。

 

岡本
それはあんまりないですね。

 

山田
ないですよね。ダイビングもそうだと思うんですけど、一番深いところにいったところがゴールだと、僕ら知らない人は思ってるんですけどね、戻ってくるこのあたりが難しいって言われたじゃないですか。山も一緒で、みんな頂上が達成感があるとか、頂上に登ることばっかりが質問くるんですけど違うんですよと。そこは一番難しいところにいるんですけど、そっからおりてくるところが一番難しいんですよと。登山の話はするんですけど、下山の話はしないです。7大陸登ってエベレストから帰ってきても、下山のこと聞かれることないですもんね。下山の方が100万倍難しいのに。登るときはまだ体力あるし。潜る時はまだ体力あるけど、戻ってくるときはもう消耗してるし、みたいな。事故のほとんどは下山で起こってるんですよね。

 

岡本
行きと帰りはわたしは全然モードが違うんですよ。他の選手はわからないですけど、行きっていうのは、最初に自分があらかじめ申告した深度にセットしてもらい、それを取りに行く時っていうのはいっぱい息を吸って、酸素もいっぱい持ってるし、力を抜いて暑に慣れさせるために脱力してリラーックスして潜るんですよ。お昼寝しているみたに。到着したらフダをとって帰るんですけど、そこからは重力の方が強いのでしっかりキックして加速しなきゃいけないんです。こっから本番っていう感じで。いっぱい加速をしてフリーダイバーがお迎えにきてくれる30mくらいまではたった一人でこがなきゃいけないんです。その間に体の限界がやってくるんですよ。ずっと息停めっぱなしで動いてるから筋肉は動かないし、息も苦しくなってきてヒクヒクしてくるし、そこで気持ちが弱くなっちゃうしブラックアウトしちゃうんじゃないかな、って思うんですね。
そこでいろんないいことを考える。応援してくれる人のこととかが走馬灯のように出てきたりとか。絶対大丈夫と思って強く思いながらいくと、体は限界でも心の力で動いている感じがするんですよね。それがだいたい90m申告した時だったら、60mから40mくらいの間が勝負って感じで。セーフティーと会って、一緒に上がって行ってジャッジにOKサインを出すんですけど、そこで失敗する選手が多いんですよね。もう震えちゃってできなかったりとか。フィジカル的に限界を超えているときは無理かもしれないけど、なんとかいけるときは、ほんとに気持ち次第でどっちかに別れちゃうから。行きとは全然違う気合いですね。

 

⑤

 

登山もフリーダイビングも死と向き合うスポーツ。
恐怖心は克服するものではない。

 

自分と向き合う、というテーマですが、「恐怖心」をどのように克服しているんでしょうか?

 

山田
そもそも論って、恐怖心って克服するものなんですかね?

 

岡本
克服できないですよね。山田さんは何について恐怖を感じますか?

 

山田
なんだろ、漠然と死について恐怖を感じるとかではなくて、、、何か特殊な場面にわざわざ行くわけじゃないですか。潜らなくてもいいいのにいく、登らなくてもいいのに行く、とか。それに対して恐怖ってあるよね、ってところからスタートするんですけど。

 

岡本
わたしは、競技のときの恐怖心に限っていうと、いつも手が震えるんですよ、怖くて。わたし、何に怖いんだろう、って感じるのは、やっぱりいつも行ってる場所なのに今日の海の見えない下の部分が誰もわからないわけですよ、そのときそのときで。
それを私一人が未知のところにいくっていう漠然とした恐怖心と、自分の体がそこの圧にふれて、今日の自分に何が起こるかっていうのは想像がつかない。もちろん健康な状態で臨むけど、圧がぎゅーってなったときに、深海で人の体がどういう風になるかってのがまだ解明もされていない部分が多いし、今日心臓発作とかが起きる可能性があるわけで。圧に対する自分の体に起こることとか、あとは帰りの苦痛、帰り道の限界がやってくるあの苦痛を思い起こすとちょっと怖くなるんだろうな、って思うんですよね。

 

山田
自己ベストを出す時の恐怖心と、それ以外のところで普段はいけるんだけど今日の体調でいけるんだろうかっていう恐怖心とは全然違うんですか?

 

岡本
毎回、今日の体調バッチリで挑むから、全然今の体調が不安でっていうのはないです。だけど人の体って分かんなくて、ぎゅーってつぶされたときに何が起こるか分かんないな、っていうのがあるんですよね、わたし。

 

山田
その恐怖と付き合う方法とか、何か対処してる方法ってあるんですか?競技前とか。何食べますとか、お祈りしますとか?

 

岡本
やっぱりウォーミングアップでルーティン踏んで行くと、気持ちのいろんなザワザワしてたところが一点に集まってくるっていうようになるんです。ほんとに周りの世界がスクリーンみたいになって、自分の心臓の音しか聞こえない状態になって。そこからいつもどおりの自分で潜れば全然大丈夫。そのためにいつも通りのウォーミングアップの仕方と、潜る前の呼吸法があるんですけど、それで心拍を抑える。そうすると頭の中が落ち着くんですよ。前の人が重いブラックアウトで見ちゃいけないものを見ちゃった時って動揺するんだけど、そういうときに呼吸法してると心拍が落ち着いてくるんですよね。どんな状況でも。それによっていつも通りの自分に戻れる感じ。
あとは、何があったら引き返すっていうセンサーを過敏にしておくんですよね。ちょっと耳抜けが悪いなとか、この深度でいつもと疲労が違うな、とか。自分の気持ちが集中切れちゃったな、っていうときは、下まで無理やり行かないで、次のチャンスがまた明日以降あるから。

⑥

 

山田
途中で狙わないって判断するのは結構な割合であるんですか?

 

岡本
わたしは結構多いんですよねー。耳抜きのスキルっていうのがあって、何mでするっていうのを決めてるんですけど、失敗しちゃうともう下まではいけないので、下までいかないんだったら無理に行く必要なくて温存のためにあがるんです。それ以外の要因で、いきなり怖くなって気持ちが負けちゃったっていうときは、体が反射的に気づいたらやめてますね。

 

山田
論理的に判断してるっというよりかは・・・?

 

岡本
反射に近いですね。そういうことを繰り返してきたから。私は保守派なんでしょうね。さっき山の神さまの話があったけど、自分の心技体の状況と海の状況がぴたっとあったときに扉が開くんですよ。そのときにスーっていけるんですよね。

 

山田
それは、なんかやっぱりおかしいな、っていうセンサーが働いてるってことですよね?

 

岡本
大会が長丁場なことが多いのでディープダイブすると疲労がどんどんたまってくるんですけど、行きのこの時点でこの体の感じだと帰り道危ないなって思うその疲労感を感じた時は、結構すぐに帰る感じですね。若くないからそういうのが出て来たんだと思います。昔はイケイケどんどんだったんですけど。

 

山田
年齢って関係するんですか?

 

岡本
わたしは関係すると思います。いい面も悪い面も。悪い面っていうのは、狙った筋肉や体力・スタミナがつくのが遅いとか、疲労のリカバリーが遅くなったりとか。いい面は、やっぱり冷静に自分の気持ちをコントロールするのが上手になったかなぁ、と。メンタルな要素がすごいおっきいスポーツなんですよ。息止めも気持ち次第で3分だったり5分だったり変わるんですよね。心の状態をいかにいい方向にいつもの自分に保てるかっていうのが理想なんです。始めたてのころは絶対5分息止めてやるとか、ぜったい何十メートル行ってやるとかっていうところにこだわっちゃうと、すごい力がはいってブラックアウトしたりとかなかなかうまくいかなかったりとかするんです。すぐに結果を欲しがったりとか見た目にこだわってしまったりとか、そういうところがあったんだけど、いまは自分がやりたいフリーダイビングで、あんまりブラックアウトを繰り返してまで取るような競技の仕方をしたくなくて、自然と調和しながら自己ベストを出していけたらいいな、と持ってるんですよね。

 

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このように生きるか死ぬかの瀬戸際を生きる二人だからこそ、どのように自分というものを持ち、どのように自分と付き合うか、を体と心の両面で研ぎ澄ましてきたエッセンスは、自分たちの働く環境においても大きなヒントとなります。むしろ、日常だからこそ、彼らが感じたことをを日々の中でどのように昇華して自分をコントロールできるか、はとても重要なのではないでしょうか。

後編も引き続き、お二人の実体験を通じて、今の時代を生き抜く力のヒントを探ります。

⑦

 
撮影協力:株式会社大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所

 

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